データ中心の組織を支える4つの柱:人、プラットフォーム、パートナー、プロセス

グローバルなスポーツアパレルブランド・Nikeは、2008年、自社のマーケティング戦略を顧客データの分析にもとづく独自の戦略「カテゴリーオフェンス」へと転換しました。 この戦略で、同社はオーディエンスを地理的な属性ではなく、彼らが楽しむスポーツの種目によってセグメンテーションしています。Nikeが着目したのは、同社のターゲットとなるオーディエンスの場合、バスケットボール好き同士、陸上好き同士といった具合に、同じ競技を楽しむ人同士が多くの共通点を持つ一方で、同じ地域に住んでいることによる共通点はむしろ少ないという点でした。

Nikeはこの新たな戦略によって自らをデータ中心の組織に転換し、結果として全社の売上を70%以上も拡大することに成功したのです。

その後、約10年間にわたってNikeは一貫してデータベース分析に基づく戦略を継続してきました。そして、このほど新たに策定したのが、すべての顧客によりパーソナライズされたサービスを提供する人口統計ベースのマーケティング戦略「コンシューマーダイレクトオフェンス」です。この戦略で、同社は主要10か国12都市において「地域に根ざしたビジネスのグローバル展開」を実現するために、より緊密な顧客サービスの提供を目標に掲げています。

Nikeでは、これらの主要12都市だけで、2020年に向けて同社が掲げる成長予測のうち、80%以上が達成できると見込んでいて、実際、この新たな戦略がスタートしてからまだ半年も経っていない今現段階で、すでに同社の売上高は5%も向上しています。もちろん、コンシューマーダイレクトオフェンス戦略の長期的な成果についてはまだ何とも言えませんが、この半年間の経過を見る限り、順調な滑り出しであることは確かです。

このことは、Nikeがデータ活用をいかに熟知しているかを明確に示すとともに、データを効果的に活用すれば、確実な成果を得られるという事実を裏付けています。

多くのブランドや小売業者が今、顧客データの大海原でさまよい続けています。貴社は本当にデータ中心の組織を確立できているでしょうか?それとも大量のデータを抱えたまま、途方にくれている段階でしょうか?マーケターなら誰もがビジネスにおけるデータの重要性を理解している一方で、データの価値を最大限に高めるための計画を立案できているマーケターはごくわずかです。

自社のデータ活用に「非常に自信がある」と回答したマーケターは、1.3%のみ

Winterberry GroupがDMA(データ&マーケティング協会)とIAB(インタラクティブ・アドバタイジング・ビューロー)と共同で最近発表した「The Data-Centric Organization 2018」レポートによると、調査の対象となった110人以上のマーケターとパブリッシャーの90.1%は、自らが所属する組織は全社規模で「”データ中心”の組織への転換に重点的に取り組んでいる」と回答しました。

それにもかかわらず、データ活用を最大化するために必要な専門知識、経験、スキルが組織に備わっているか?という質問に対し、「非常に自信がある」と回答したのは全体のわずか1.3%に過ぎませんでした。一方、データ活用を最大化するために最も必要なスキルとして「データアナリティクス」を挙げた回答者は、87%を超えています。

しかし、真にデータ中心の組織を確立するためには、データサイエンスの専門チームを立ち上げるだけでは十分とは言えません。このレポートが定義する「データ中心」とは、「組織が文化面および運営面において、実用的なインサイトを得るための情報源としてオーディエンスデータを活用し、これを広告やマーケティング、オーディエンスとのエンゲージメント、さらには組織の幅広い意思決定に役立てている度合い」を指します。

つまり、組織にとってはデータアナリティクスだけではなく、運営面における4つの柱(人、プラットフォーム、パートナー、プロセス)への投資も必要だということです。

データ中心の組織確立に必要な人材を検討する際に、データ管理チームの能力不足が課題となることがあります。かといって、優秀なデータ分析チームを配置するだけでは、データ中心の組織への移行はできません。

この課題に直面していたバッグメーカー「TUMI」の最高デジタル責任者・Charlie Cole氏は、まずデータ活用の取り組みから着手することにしました。さらに、これは非常に重要な点ですが、店員からクリエイティブディレクターに至るすべてのチームメンバーを対象に、「データがオムニチャネルにもたらす効果」について理解を深めるためのトレーニングを実施したのです。

Cole氏は、AgilOneが最近主催したカスタマー・データ・プラットフォームに関する講演で、「データが自社の商品やブランドを支える重要な役割を果たすことを、決して忘れないでほしい」と話しており、同時に「社員がそれを理解していない場合、それは会社として取り返しのつかない弱みになるだろう」とも指摘しています。

実際、データの重要性を理解すると、クリエイティブディレクターは、データを通じてどの商品ラインの売れ行きが好調で、どれがそうでないのか、そしてその理由は何なのかについて把握することができるようになります。また、店舗スタッフはデータを活用することによって、店舗での業務だけではなく、オムニチャネルへの対応に時間を使えるようになります。

さらに、Cole氏のチームはデータを活用してTUMIが配信するEメールのセグメンテーション、パーソナライゼーション、顧客ターゲティング戦略の再構築を行いました。その結果、2016年は配信するEメールの数が前年比で4,000万通も削減されたにもかかわらず、売上は28.5%も拡大するという大きな成果が生み出されました。また、店舗でのマーケティング戦略を刷新することによって、店舗スタッフは店内での販売業務だけでなく、購入する可能性の高い見込み客を対象に、一人ひとりに合わせて内容をパーソナライズした電話営業も行えるようにしました。

第1の柱では、「人」に関する課題について言及しました。次は第2の柱である「プラットフォーム」です。ここで言うプラットフォームには、大きく分けて2つの要素があります。1つは、自社の従業員が適切なツールを利用するための環境整備。もう1つは、導入したツールと自社内の既存システムの統合です。

顧客や彼らの行動を正確に把握するために、データストリームから収集されるすべてのデータを分析対象とすれば、そのデータ量は圧倒的な規模に達するはずです。こうしたデータの情報源としては、主に次のようなものが考えられます。

  • ウェブアナリティクス
  • クラウド上のPOSデータ(顧客)
  • クラウド上のPOSデータ(商品)
  • SKUデータ
  • ソーシャルメディア
  • Eメールマーケティング
  • モバイル
  • アプリ
  • CRM
  • サードパーティ

これだけでも、すでにデータ量はかなり膨大です。では、単独のストリームではなく、すべてのストリームからデータを一斉かつ最大限に取得できていることを確認するには、どうすればよいのでしょうか?答えは、ターゲットとなるオーディエンスの設計、インサイトの開発、アナリティクス、そして測定に至るまでをトータルに支援する「ツール」を活用することです。これにより、自社で開発したツールでは実現が難しい「組み込み型の機能」の恩恵を、享受することができます。

次の項目では、データアナリティクスの主要3段階でよく使われるデータアナリティクスツールを見ていきましょう。

1.データの統合と管理

まず、データアナリティクスの最初の段階は「ETLステージ(抽出、変換、ロード)」です。ここでは、別の情報源から取得したデータをクレンジング(不正確なデータを取り除き、分類・検証して自社のビジネス目標に合わせて最適化)した後、データドリブンのビジネス戦略で利用するデータベースまたはデータウェアハウスへ転送します。

この段階で適切な処理を怠ると、次の「分析」、あるいは「可視化」の段階で、本来の効果や正確性が期待できなくなります。

ETL段階の一般的なプラットフォーム例:

  • SAS Data Management
  • IBM InfoSphere Information Server Enterprise Edition
  • Powercenter Informatica

2.データの分析

続いては、データ分析の段階。機械学習などの興味深いプロセスが関わってくるのは、この段階からです。データを顧客体験やビジネスモデルの変革に役立てるためには、高度な戦略にもとづいて、先を見越したデータ運用を行うことが非常に重要です。機械が出力したデータをそのまま鵜呑みにするのではなく、データが示唆するインサイトから学び、それをビジネスやマーケティング戦略に応用していかなければならないのです。

データアナリティクスが重要である理由は、まさに、ここにあります。先ほどご紹介したNikeの事例を思い出してください。Nikeは「カテゴリーオフェンス」戦略において、セグメンテーションによって得意客を惹きつけるためには、地理的な共通点ではなく、スポーツに対する人々の共通の思いにフォーカスする必要があることを突き止めました。

以下で挙げているのは、インサイトを次の段階へとステップアップさせるために役立つ一般的なデータアナリティクスツールです。

  • Targit
  • Domo
  • Googleアナリティクス
  • Adobe Predictive Analytics

3.データの可視化

データの可視化ツールとアナリティクスツールには、重複する特徴や機能が多くあります。しかし、企業にもさまざまな特徴や形態があるため、データを最も理解しやすい表示法・分析法も企業によって異なります。たとえば、Tableauは一目でわかるグラフィカルなデータ表示が特徴です。一方、Highchartsはスプラインやエリアスプライン、棒グラフ、散布図まで、グラフ表示の種類が豊富で、好きなものを自由に選択することができます。

一般に広く利用されているデータの可視化ツールには、以下のようなものがあります。

  • Qlik
  • Tableau
  • Highcharts
  • Microsoft Power BI

しかし、データ中心の組織への転換を図る企業への1番の近道は、第3の柱である「パートナー」を確保することです。

Winterberryのレポートによると、マーケターの多くは、マーケティングテクノロジー、またオーディエンスデータを最大限活用するために、どの程度貢献しているか?という問いに対して、ある程度の自信があると回答しています。データドリブンなマーケティング戦略を最も効果的に支援する要素として、マーケターが選択した上位5つの中の1つに、「マーケティングサービス、およびテクノロジープロバイダーとの連携の強化」があります。

このことは、Criteoとパートナーシップを締結している企業にも当てはまります。Criteoのクライアントの場合、彼らはCriteoエンジンCriteoショッパーグラフを利用してパートナーである企業のマーケティング戦略を強化しています。Criteoエンジンは、月間12億人以上のアクティブユーザに関するインサイトを整理・分析しており、このエンジンを使ったEコマースの年間取引額は、5,500億ドルを超えています。また、Criteoショッパーグラフは3種類の詳細なデータ(アイデンティティ、興味・関心、測定)をもとに、Criteoのエコシステム全体にわたる新規顧客の獲得、コンバージョン、リエンゲージメントを可能にします。

英国のファッション小売のリーディングカンパニーであるNew Lookは、Criteoとのパートナーシップのもと、幅広いオーディエンスとエンゲージして売上の増加に成功した企業の1つです。同社はCriteoの機械学習テクノロジーとパーソナライズされた商品レコメンド機能を活用することによって、新規顧客率を62%も向上することに成功しました。

また、最先端のテクノロジーを提供するパートナーとのコラボレーションがもたらす、もう1つのメリットとしては、データに関する規制要件への準拠が容易になる点が挙げられます。たとえば、EU一般データ保護規則(GDPR)の施行後は、自社データの取り扱いに関する適切なプロセスやガバナンス体制に不備があると巨額の罰金を課され、事業運営にマイナスの影響を受けてしまう可能性も否定できません。

GDPRの遵守に向けた対策には多くの時間と費用を要するため、最近公開されたTBRのレポートでは、「地域の特徴と違いを理解して、コンプライアンス上の懸念を払拭することを支援する」ソリューションプロバイダーを、パートナーとして選択することが提唱されています。

このところ、企業がサードパーティの支援を通じて、プラットフォームとチャネルを横断した社内データの最大活用に取り組むケースが、多く見られるようになってきました。ますます競争が激化する環境においては、もはや社内に膨大なデータを蓄積しているだけでは十分とは言えません。それらのデータを有効活用できるツールとテクノロジーを兼ね備えた企業こそが、利益の大部分を手にすることになるはずでしょう。

貴社では、データを効率的に収集、管理、共有できる仕組みや体制は整備されているでしょうか?また、適切なガバナンスポリシーは確立されているでしょうか?

一般的にありがちな例として、データ管理とデータガバナンスを混同しているケースが見られます。基本的にガバナンスとは、社内のデータがどこで、どのようなルールにもとづいて利用されるのか、そしてデータが自社にどんな影響をもたらすかについての取り決めのことを指します。

組織構造は企業によってさまざまですが、ここではデータガバナンスの運用に際して、すべての企業に当てはまる3つの主なステップをご紹介します。

1.保有するデータの棚卸し

データガバナンスを成功に導くために、まず実施すべき最も重要なステップは、データを種類と特性の両面から把握して、関係者全員にデータの定義についての同意と理解の徹底を図ることです。さらに、データの機密性や社内で「クリーン」と定義されるデータについての共通理解も重要です。この課題は一見シンプルで、しかも根本的には同じ問題であるにもかかわらず、異なるビジネス用語や定義を当てはめ、従業員が解決に向けて奮闘しているケースがよく見られます。

データの種類と特性について関係者全員で共通理解を確立できたら、すべての従業員にデータの格納場所とそのアクセス方法を知らせましょう。

2.データの透明性、トレーニングおよび追跡

データの取り扱いに関するトレーニングやデータの追跡を行う際には、データの透明性が不可欠です。

前述したTUMIの事例では、全従業員がデータの重要性を理解していたことが、最大の成功要因でした。さらに、TUMIの従業員は、トレーニングを通じてデータの適切な使用法や分析手法を身につけました。

また、データの流出が企業の存亡をも左右する現代において、データの追跡は非常に重要です。誰がどのような理由でデータにアクセスしているかを正確に把握しておかないと、データの濫用や誤解が蔓延する事態に陥ってしまいます。

データの透明性、トレーニング、そして追跡の3点が、目標や課題の優先度に応じて確実に実践されているかどうかは、データを最もよく知る担当者の手腕にかかっていることが多く、データガバナンスプログラムとアクションリストを適切に運用するためのカギとなります。

3.役割と責任の範囲

たとえ最良の人材、プラットフォーム、パートナーシップの3つを整備したとしても、これらの柱を長期にわたって安全かつ確実に支えるプロセスが導入されていなければ、収益の増加につなげることは困難です。

また法令遵守のための対策も、時には大きな負担となります。すでに述べたように、GDPRの施行が目前に差し迫る中、自社データの取り扱いについての適切なプロセスおよびガバナンス体制の不備は、巨額の罰金を課せられる事態を招き、長期にわたる事業運営に支障をきたすことさえ考えられます。しかし残念なことに、万全のGDPR対策をしている企業は、現時点においてごく少数にとどまっているのが実情です。

GDPRだけでなく、データガバナンスとプライバシー保護の健全性を確保するために、最高データ保護責任者(CDP:Chief Data Protection)の任命を法律が定めるケースもあり、企業の規模や事業環境によっては、CDPを任命した方が賢明と言える場合も珍しくありません。

戦略レベルから現場のオペレーションに至るまで、各従業員の役職とその責任範囲を明確にすることが、自社のデータとその利用プロセスに関する混乱を防ぐことにつながります。

データ中心 = 顧客中心

データ中心の組織確立のために積極的に投資を行う企業は、マーケティング活動に限らず、すべてのチャネルを横断したメッセージング、効率性、卓越した顧客体験の提供を実現できるようになります。

Nikeが実践したコンシューマーダイレクトオフェンス戦略では、データ中心とは単に「顧客と同じ歩幅で歩む」だけではなく、「顧客の先回りをする」ことを意味しています。同様にTUMIも、顧客データを現状への対応ではなく、将来の予測に役立てています。つまり、自社データをビジネスの中心に据えるということの意味は、顧客をビジネスの中心に据えるということと、まさに同義なのです。