実店舗とECの連携を深める「社員インフルエンサー」

多様化するインフルエンサー。「広く浅く」より「狭く深く」

インフルエンサー・マーケティングと言えば、数百万単位のフォロワー数を誇る人気YouTuberやブロガーに自社製品やサービスを使っている様子をSNSやブログにUPしてもらうことによって、認知度向上や売上拡大を図る手法が一般的でした。

しかし、最近、この「インフルエンサー」の在り方が多様化しています。従来のインフルエンサーよりも影響範囲が狭まり、その特定の分野では圧倒的な知名度と人気を誇るものの、その分野に興味のない人にはまったく知られていないタイプのインフルエンサーが台頭しています。

また、著名インスタグラマーでもブロガーでもない、一般社員を企業が自社の「インフルエンサー」として活用する例も増えています。

中でも活用の成功例が多いのが、アパレル業界です。普通にショップの店頭で働いているスタッフが、販売中の商品をコーディネートして着用、SNSや自社のECサイトに自身のコメントとともに投稿、中には万単位のフォロワーを得て、店舗の売上向上やブランドロイヤリティ醸成に貢献しています。

店舗スタッフがECでも「接客」

多くの企業で使われているツールが、株式会社バニッシュ・スタンダードが提供しているアプリ「STAFF START」です。「STAFF START」は店舗スタッフがコーディネートや商品レビュー、動画などをECサイト上に簡単に投稿できるサービスです。コーディネート共にスタッフ自身の言葉で着心地やコーディネートのコツをレビューとして投稿できます。なぜ、普通のスタッフの投稿が、ユーザーの心をつかむことができるのでしょうか。

理由はたくさん考えられますが、まずは「モデルであるスタッフが等身大であること」が挙げられます。一般的に、ブランドのカタログ等では、プロの(時には外国人の)ファッションモデルが採用されています。それはそれでよいものですが、モデル体型ではない、一般的な体型の消費者に「カタログでみるとカッコいいけど、自分が着てもあんな風にならなかった」「自分が着たときの着丈がわからない」等の不満を抱いています。その点、スタッフスタートの場合、着用しているのはごく一般的な体型のスタッフの皆さん。しかも投稿写真には着用しているスタッフの身長が併記されているので、自分と近い身長や体型のスタッフの着こなしを見れば、自分が着用したときのイメージを描きやすくなります。

また、スタッフ自身の言葉で「シルエットがきれいです」「ウエストがゴムなので楽です」「ストレッチ素材なので、動きやすいです」といったコメントが添えてあるので、ECでありながら実店舗でスタッフから接客を受けているときと同じような感覚で、アドバイスを受けることができるのも、魅力の一つとして挙げられます。

ECから実店舗への流れを生む、社員インフルエンサー

スタッフによる投稿には、大きくわけて①既存顧客とのロイヤルティ強化、②新規顧客獲得の2つに効果が期待できます。

①の場合、すでにそのブランドの実店舗で購入経験のある顧客が、顔見知りのショップスタッフの投稿を見て、実店舗に足を運び「〇〇さんの投稿、見たよ!」と親しげに話しかけてくれるようになったり、「この間の投稿で〇〇さんが着ていたジャケットが欲しい」などと指名買いをしてくれるようになったりする例が報告されています。投稿を通じて、以前は来店時にしか会えなかったスタッフとのタッチポイントが格段に増えることによって、スタッフをより身近な存在として感じるようになるユーザーが増えるのではないかと考えられます。

また、実店舗に来られないときにも、「スタッフの〇〇さんと、ほぼ同じサイズだから、私もMサイズで大丈夫」と判断して、ECで購入できる、というメリットも指摘されています。

スタッフの投稿による効果は、新規顧客の獲得にも有効です。「推し」のスタッフができると、そのスタッフと同じコーディネートを買いたい、スタッフに会ってみたいという気持ちが生まれ、これまで購入したことのないブランドの商品を購入したり、実店舗を訪れたりする例も。スタッフの投稿がきかっけで、新たにブランドの顧客・ファンになってくれる例も。あるブランドでは遠隔地の店舗のスタッフのコーディネートを気に入った客が、シーズンごとに近隣の店舗を訪れ、「〇〇店のAさんのコーディネートを丸ごと下さい」とオーダーしてくれる例も報告されています。

人気スタッフのInstagram、コメント獲得率は芸能人の2倍超

社員のインフルエンサー採用には顧客だけでなく、スタッフ自身のメリットも。まず、自分の投稿経由での売り上げが上がると一定のインセンティブが入ってくるという経済的なメリットがあります。さらに、投稿を通じて既存のお客様との絆が深まることも大きなメリット。日本経済新聞が。日本一の店舗スタッフを決める「スタッフオブザイヤー」の1次選考通過者の中で、フォロワー数の多い約100人のインスタグラム投稿を分析し、タレントの渡辺直美さんやローラさんらフォロワー数上位のインフルエンサー約100人と比較する調査を行ったところ、フォロワー数に対する「いいね」数の比率の中央値は2.3%。フォロワー数上位の芸能人ら(1.7%)を上回っていることがわかりました。コメント獲得率も同0.0159%。0.0066%の芸能人らの2倍超。社員インフルエンサーは、人気芸能人よりも、支持者との強い結びつきを持っていることがわかりました。

売上増と顧客からの支持を得て、スタッフはより自信を持って働けるようになり、スタッフの質を底上げし、お店やブランドの価値向上にも繋がっていくものと見られます。

「スタッフスタート」で投稿を続け、人気を獲得しているスタッフに話を聞いたところ、成功の秘訣は、次の3点。

① 投稿数を増やす⇒投稿数を増やせば増やすほど、お客様とのタッチポイントが増え、売上が上がる。

② 撮影係の社員と協力する⇒独りよがりの撮影内容にならないように、消費者目線に立ち、スタッフ自身ではなく、あくまでも商品(洋服)が主役になるよう撮影することが大切。

③ トレンドや商品知識をブラッシュアップする⇒ブランドの「顔」としての存在価値が高まるため、スタッフ自身がデザインや素材、トレンドについて見識を高め、顧客の質問や疑問、悩みに適切な形で寄り添える「プロフェッショナル」であることが求められる。

炎上や社員のメンタルケアに要注意

このように、企業・社員・顧客それぞれにメリットをもたらす社員インフルエンサーですが、採用するにあたっては、主に次の3点について十分な配慮が必要です。

① 炎上するおそれがある

全く予期せぬ反応が出てしまうのがSNSの長所でもあり、短所でもあります。何気なく投稿した写真やテキストが、思いがけない形で炎上し、スタッフ個人のみならずブランド全体までが悪意ある批評のターゲットになってしまうおそれがあります。

スタッフ本人だけの判断で投稿してしまわないように、投稿前に第三者が内容をチェックできる仕組みを整備しましょう。

② 社員のメンタルケア

匿名で参加できる点もSNSの特徴。スタッフの投稿が、匿名のユーザーにより暴言や根拠のない誹謗中傷の対象になってしまうことがあります。こういった心無い一部の言動に写真がメンタル的なダメージを受けないような体制、受けてしまった際にケアできる体制の整備も行う必要があります。

③ 社内への理解促進

社内には、自社スタッフが前面に出てインセンティブを得ることに不快感を抱く社員もいます。また、SNS=遊びだと誤解している社員も少なくありません。社内の誹謗中傷でインフルエンサー役の社員が委縮したり、やる気を失ったりしないように、なぜ、社員インフルエンサーが重要なのか、彼らがはやす役割は何なのかについてマーケティング関連部署以外の社員にも正しくその意図を伝え、全社で目的意識をもって取り組むようにしましょう。

社員インフルエンサーは、広告費をかけることなく自社のブランディング、新規顧客獲得、ロイヤルティ向上を同時に行うことができる魅力的なマーケティング手法の一つです。しかし同時に、炎上リスクなど上記のようなリスクも孕んでいることを認識し、しかるべき体制を整備した上で採用することをおすすめします。