Vol.2 アメリカにおけるリテールメディアの現状と課題

更新日 2024年04月10日

Amazonやウォルマートがいち早く参入・大成功を収めたのを機に、アメリカで急激に市場を拡大しつつある「リテールメディア」。サードパーティクッキーが不要なことから、ポストクッキー時代の切り札としても注目を集めており、日本でも参入する小売業者が相次いでいます。日本においてもリテールメディアは定着するのでしょうか。リテールメディア市場に詳しいアタラ合同会社CEOの杉原剛氏をゲストにお迎えし、日本におけるリテールメディアの展望と課題について考察します。(2回目/全4回)

アタラ合同会社CEO、杉原 剛 氏 Criteo Sales Director、Japan 蓑輪 誠一、Criteo Head Of Retail Media、Japan 牧野 臨太郎

クローズド・ループ・メジャメントを可能にしたリテールメディア

蓑輪:杉原さんは長くアメリカのリテールメディア市場の動きを追っていらっしゃいますが、最近の市場動向について、どのように感じていますか?

杉原:すごく勢いがありますね。実際、アメリカの広告標準化団体であるIABは「リテールメディアは2022年に急成長した広告チャネルであり(市場規模前年比+22%、380億ドル)、今後の5年間で2倍以上の1070億ドル規模に成長する」と予測しています。特筆すべきは、その成長が極めて速いこと。調査会社 Insider intelligenceの分析によると、リテールメディアの広告市場が10億ドル(約1343億円)から300億ドル(約40兆円)に到達するまで要した期間は、わずか5年。検索広告が14年、ソーシャル広告でも11年かかっていますので、リテールメディア市場がいかに驚異的な速さで急拡大しているかがよくわかります。検索広告市場については、以前はもうGoogleさんの独壇場だったのですが、これから数年はリテールメディアが成長をけん引すると見られており、2027年には検索広告市場の約3分の1(37.2%)をリテールメディアが占めると予測されています。アメリカのデジタル広告市場全体についても、これまではGoogleとMetaの2社が約半分を占めていましたけれども、リテールメディアの台頭でその構図にも変化が起こりつつあります。

牧野:なぜこんなに急速にリテールメディアが伸びているのかというと、やはりデータの質が良いからだと言われています。ポストサードパーティクッキー時代に広告が利用するデータとして、小売業者が持っているファーストパーティデータは最強なんです。昨年10月に日本からお客様をニューヨークにお連れして、大手ドラッグストアでリテールメディアを手掛けている方に直接話を聞く機会を設けたのですが、その方が強調していらっしゃったリテールメディアの強みは「これまで大手プラットフォームでもできなかった、クローズド・ループ・メジャーメントを可能にしたこと」。つまり、オンライン・オフラインの垣根を越えて、顧客が広告を見てから購入に至るまでの動きをかなり正確に測定・把握できるようになったことです。結果としてマーケターは極めて正確な顧客情報を手に入れられますし、広告主も広告効果を正確に把握しやすい。さらには、競合媒体との効果の比較も容易です。これはすごく画期的なことであり、リテールメディアの急成長の一番の要因だと思います。

杉原:おっしゃるとおりですね。従来の広告ではオンラインで広告を見た人が実店舗で購入したかどうかを把握することは、ほぼ不可能でしたが、リテールメディアではそれが可能になりました。これは広告業界にとって非常に大きな進歩です。しかも、それらのデータを蓄積することで、その人のライフタイムバリューがどのくらいなのかを分析できるようになりました。言うまでもなく、こういったデータに含まれる情報は広告のターゲティングに非常に有効な情報ですから、「リテールメディアは広告マーケティングに有効」という認識が広がり、それが市場の成長を後押ししています。

牧野:メーシーズやターゲットをはじめ大手自社リテールメディアネットワークを構築した先行小売企業の中には、社内にリテールメディア専門のインハウスエージェンシーを新設する例も多くみられます。エージェンシー機能をもつことによって、エージェンシー業としての売上も立つようになりますし、ナレッジが蓄積されればコンサル機能も持てるようになりますから、結果としてリテールメディアが会社の中に新たなビジネスハブを生み出しつつあると言っても過言ではありません。

アメリカもまだ4合目、日本はまだ1合目

蓑輪: 好調に成長を続けるリテールメディアですが、逆に課題としてはどんなことが指摘されているのでしょうか?

杉原: 大きく分けて2つ課題が指摘されています。まず1つ目は従来の広告配信に比べて、利用できる機能やサービスがまだ少ないこと。例えばショッパブル動画コンテンツやオムニチャネル・オーディエンストラッキング、A/Bテストなどが挙げられます。2つ目は標準化が進んでいないことです。評価指標やレポーティングのスタイルなどが小売業者によってバラバラで標準化されていないため、広告主としては非常に使い勝手が悪い。標準化が進んでより使いやすくなれば、さらなる市場の拡大が望めると思います。このほかにも専門人材不足の問題などもありますし、アメリカにおいてもリテールメディア市場は、登山に例えるとまだ4合目といったところ。まだまだ成長の余地は大きいと考えています。

蓑輪:アメリカが4合目だとすると、日本はかなり遅れていますから、まだ1合目といったところでしょうか?

杉原:そうですね!4合目のアメリカではリテールメディアとブランドとがJBP(ジョイントビジネスプラン、協業)や商品の共同開発を始めたりしている段階です。小売業者がリテールメディア・プラットフォームを構築し始めた段階の日本は、まだ1合目にやっとたどり着いたばかりという感じではないでしょうか。ただ、これを悲観する必要はありません。後発だからこそ、アメリカの先行事例を参考にしながら、より効率的にリテールメディア事業を展開し、市場を拡大することができるはずです。

「Vol.3 日本におけるリテールメディアの現状と課題」に続く